魚もハイブリッドの時代

初ガツオのおいしい季節から暑い夏に入ると、キス、アジ、ウナギ、カワハギ、高級魚のオコゼなど豊富な種類の魚が食卓をにぎわせます。海の幸に恵まれた日本に生まれてよかったと感じるときです。でも近年、魚介類の自給率がどんどん減っていることに気づいている人は、どのくらいいるでしょうか。1970 年代まではほぼ 100%あったのに、次第に右肩下がりとなり 、最近の数字では 59%、つまり 4 割は輸入に頼っているのが現状なのです。しかも近年、その輸入量も減り気味で漁獲量の減少と相まって、日本の食卓から魚の姿が消えていくのでは、という心配の声もささやかれています。地球規模の気候変動や海洋環境の激変によって、日本だけでなく世界各地の水産資源が危機に直面している時代です。

でも、天然ものが獲れなくなっても養殖技術が発展しているから心配ないでしょうという声も聞こえます。日本では近大マグロで有名になった世界初のクロマグロ完全養殖成功など、養殖先進国のイメージがあるからでしょうか。しかし日本人が口にする魚介類のうち養殖ものは 22%しかないというのが現実です。しかも養殖魚の生産量はここ数年減少しています。昭和の初め、1927 年に香川県の漁業者が切り開いたのが日本での養殖生産の始まりです。1960 年代にはハマチの養殖で生産量が急増、獲るから育てる漁業の明るい未来が見えました。1970 年代には産業公害による水質悪化で広範囲の赤潮被害が出るなど、一時期見直しを迫られましたが、官民挙げての環境浄化と研究開発の情熱が実って、今やブリ、マダイ、カンパチ、トラフグなど 20 種類以上が市場に出回っています。世界的にも養殖産業は増えてきている一方で、養殖技術そのものには少なからず疑問や批判が突きつけられています。えさに抗生物質や抗菌剤は混じっていないのかという食の安心・安全面から、魚 1 匹の養殖に天然魚 19 匹が必要と言われています。世界の漁獲高の 20%が他の魚のえさに使われているといった資源論、環境論からの批判が消えません。

そうしたネガティブな要素をできるだけ排除した養殖技術の新開発が、日本で相次いで芽を吹き始めています。養殖は海や河川・湖沼といった水に面した場所でしかできないという常識を覆し、福島県の山間地で養殖を可能にした岡山理科大の取り組みは、多くの人をあっと言わせました。海水魚も淡水魚も生息できる好適環境水という水を創造して、ベニザケの養殖に成功しました。また、千葉県館山市にある東京海洋大の研究施設では、近年人間での応用も進んでいる生殖技術を魚に応用した代理親魚技法を用いて、味のいいカイワリと飼育しやすいアジという、2 種類の異なった魚を掛け合わせたハイブリッド魚の量産計画に乗りだしています。ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授の i PS 細胞の研究をきっかけに、今や生殖幹細胞はいろいろな分野で研究が進み、家畜に限らず魚類の繁殖にも応用が広がってきました。ハイブリッド魚は遺伝子操作とは無縁なので、安全性は問題ないとか。何と何を掛け合わせるかは、無限大の可能性があるとのことですから、今まで私たちが食べたことのない味と出合う日が来るかもしれません。「母なる海」との未知との遭遇、食べる楽しみが増える幸せをかみしめたいですね。


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