防災の日

人が寝静まった時刻に、大きな地震が起きた。国中の人々が恐怖におののいて、叫び、逃げまどった。山が崩れ、水が湧き、各地の建物や社寺の被害は、到底数え切れない。人も家畜も多くが、傷つき、死んだ。このニュースは、北海道から九州・沖縄まで、近年の地震被害にも当てはまる内容です。でも実は、この記述があるのは奈良時代に編纂された歴史書日本書紀ですと明かすと、ええ!と驚く人が多いかもしれません。天武天皇の世(西暦684 年)に発生した大地震の記録です。それ以来、平安~鎌倉~室町~戦国~江戸時代と、さまざまな歴史文書に地震被害の凄まじさが記録されています。言うまでもなく、日本は世界に冠たる地震大国なのです。9 月1 日は防災の日。その制定のきっかけになった関東大震災が起きたのが、1923 年(大正12 年)9 月1 日午前11 時58 分。マグニチュード7.9 の激震によって関東地方一帯で14 万人超の死者・行方不明者を出した大災害から、今年でちょうど100 年を迎えました。

宇宙衛星からの観測が可能になった気象予測はここ100 年、長足の進歩を遂げ、いつ、どのくらいの勢力の台風が襲ってくるかがほぼ判る時代になりました。ところが、こと地震に関しては21 世紀の今も、明日夕方、震度5 程度の地震が関東地方北部で発生するでしょうという地震予報は実現していません。宇宙空間や大気の観測に比べると、地球内部の観測は難しい。ただ、どういうメカニズムで地震が起きるのか、についてはだいぶ判ってきました。地球表面には地殻とマントルを併せたプレートという岩盤が厚さ100 キロにも覆っており、14 から15 枚のプレートが地球内部で移動して、そのぶつかり合いの際に巨大な崩落が起きて、地震が発生する。半世紀前には研究者しか理解していなかったプレートテクトニクス理論が、今では一般の人も知るようになったのは1 冊の本がきっかけでした。作家、小松左京さん(1931 ~ 2011 年)のSF小説「日本沈没」です。累計490 万冊のベストセラー刊行は1973 年、ちょうど50 年前ですが、その間に製作された映画は2 本、テレビドラマ2 本のほか、漫画やアニメ作品など、今も多くの人の関心を集める名著です。

地質学・地震学の当時の最新研究を詳細に調べあげた末に、日本列島近くの地殻変動が活発になったら最悪の場合、日本列島そのものが日本海溝に沈没するかもしれないという仮説を元にあり得るかもしれないストーリーを組み立て、リアルな災害描写を含めて、最後は日本人が世界各地に避難する様子まで描いています。国土そのものが失われた国民が難民となってバラバラに暮らしていく、その悲劇と可能性を丹念に記した作家自身の執筆動機は何だったのか。終戦を9 歳で迎えた小松少年の胸には、一億玉砕などと叫んでいた国の指導者への強い不信感がわだかまっていたようでした。玉砕だ決戦だと勇ましいことを言うなら、一度くらい国をなくしてみたらどうだ。だけど僕はどんなことがあっても、決して日本人を玉砕などはさせない。そんな思いで書いていたと述懐しています。奇しくも東日本大震災発生から4 カ月後の2011 年7月に80 歳で旅立った小松さん。人間の知識の及ばない分野には常に最悪のシナリオを想定しておくべきだ、という名著が発するメッセージが、いつ巨大地震が起きてもおかしくない現代日本に生きる人びとにも届くことを願っていたでしょう。想定外でしたは愚者の言い訳に過ぎない、という考えは今や日本人の常識です。これも「日本沈没」が与えた民族の知恵と言えるかもしれません。

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