異常気象のアンダーコントロール

数十年に一度の」や「今まで経験したことのない」といった言葉が今年、テレビから何度も聞かれました。日本人にはおなじみの台風の季節。でも、こんなビクッとする表現が気象庁係官の口から出ると、ちょっと身構えます。超大型台風、スーパー台風が以前より多く発生している証拠です。温かい海水領域で生まれた低気圧が水蒸気を巻き上げて積乱雲を生じさせ、高温の海水からエネルギーを補給しながら発達していくのが台風のメカニズム。日本を含む太平洋地域の台風だけでなく、インド洋のサイクロンや北大西洋アメリカ沿岸のハリケーンも同じで、近年、被害の拡大が目立っています。地球規模の異常気象も含めて地球温暖化のせい、と言う科学者が今では多数派です。

毎年のように暴風雨の被害に遭う地域の人々は、住んでいる土地が台風の進路に当たるんだから、まあ仕方ないさと半ばあきらめ顔ですが、科学者は違います。台風の進路を変えられないか、勢力を弱められるかと果敢に取り組んできました。科学の成果は、何でもはじめは夢物語から始まるものです。空を飛びたいという実験の直前でも、アメリカの有力新聞は絶対無理と、ライト兄弟を笑いものにしたくらいです。地球の大半を占める海水が飲み水になったらという人類の望みは、今や淡水化装置となって実現したし、日照り続きを嘆く人々を救う人工降雨も、いくつかの国で実用化されています。台風を弱めようという実験は20 世紀後半のアメリカで始まり、爆撃機から大量のドライアイスをハリケーンの中に投入したり、ヨウ化銀を散布するといった方法で何度か試した結果、効果不明とされプロジェクトが立ち消えになってしまいました。

台風大国の日本はどうか。昨年ノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎プリンストン大学上席研究員の長年の研究成果が大気海洋結合大循環モデル、つまり現代の地球規模の気象観測システムの基礎を築いた学問でした。こうした基礎研究の伝統を受け継ぐ研究者が日本に数多く育ち、気象コントロール技術が幅広く研究対象となっています。内閣府のムーンショット型研究開発制度に採択されたのは、横浜国立大学の筆保弘徳教授がプロジェクトマネジャーを務める台風制御のタイフーンショット計画です。台風の目の中に氷を投入して冷やせば、中心気圧が約5 ヘクトパスカル上昇(台風の勢力は弱体化)、風速は約3 メートル低下し、その結果地上の建物被害は30%も減少するというシミュレーションのもと、2030 年までに本格実験を実施する予定という。その他にも、台風の目の周囲を囲む壁雲にヨウ化銀を散布して水蒸気を本体に送り込まないようにする方法、エネルギーの素となる海水の温度を下げる方法などいくつかが検討されています。一方、台風は単なる悪役ではなく、膨大なエネルギーを発電に生かす、というクリーンエネルギーとしての活用策にも地道な研究が続いています。何十年後かに台風がアンダーコントロールされる日がきたら、台風接近という非日常な時間を学校内で共有する男女中学生を描いた相米慎二監督の青春映画「台風クラブ」などは、もう過去のおとぎ話になるかもしれませんね。

0コメント

  • 1000 / 1000