裁判員

「なぜ今?」という疑問を残しながらも、あれよあれよという間に決まった衆議院の解散、そして師走の総選挙。地元の選挙管理委員会から有権者であるあなたのもとに、投票所入場券が郵送されたことでしょう。それとは別に、この時期、もう一つの通知「裁判員候補者名簿にあなたが登録されました」という内容のお知らせが届いた人が全国にかなりの数いるはずです。2009年5月から実施されている裁判員裁判。裁判員は衆議院議員公職選挙人名簿から無作為の抽選で選ばれる仕組みです。社会のあり方や国の針路を決める国会議員選挙は投票できる権利なのに対して、裁判員の方はよほどの辞退理由がない限り受けなければならない義務です。選ばれたのに正当な理由なく出頭しなかったら、行政罰として科料(罰金)処分となるからご注意あれ。

この市民裁判官制度とも言うべき裁判員裁判は、「裁判官にすべてを任せず、もっと一般市民の感覚を生かした裁判を!」という狙いで実施されました。地方裁判所を舞台に、殺人など重要な刑事事件だけを審理する法廷に、有権者から選ばれた6人の裁判員が、3人の裁判官と一緒に、有罪か無罪かを決め、さらに量刑も判断する。満5年を過ぎて、いろいろな実例が積み重なるにつれて、この制度の光と影が浮き彫りになってきました。あまり関心がなかった裁判が、以前より身近に感じられるようになった、単に犯人が悪いというだけでなく、事件の社会的背景や被告人の置かれた立場を考えるようになったという経験者の声は、制度の狙いに合致した光の部分でしょう。犯罪は単に「悪者の所業」と断罪するだけでなく、育児や教育、労働や福祉など幅広く根の深い要因と絡まった構造的な社会問題である。そう理解する土壌が広まっていきそうです。

半面、影もあることが判明してきました。凶悪事件の審理では、証拠調べは不可欠。検察側、弁護側双方の証拠をしっかりと見極めねばなりません。ところが、殺人事件の法廷では往々にして遺体写真、頭部の解剖写真、血まみれの現場写真などがカラーで生々しく映し出される。残虐な殺害の手口を具体的に描写する供述調書の朗読もある。有罪か無罪か、有罪ならば死刑か懲役何年か、その判断を下すためには目を背け、耳をふさぐわけにはいきません。しかしながら、裁判員のほとんどが、日ごろそうしたものを直接目にする機会はめったにありません。刺激が強すぎる。過度の嫌悪感から吐き気を催して体調を崩す人が出て、精神的な後遺症なのか不眠症に陥った人もおり、裁判途中で補充裁判員と交代した例もあります。急性ストレス障害と診断された裁判員は、精神的肉体的苦痛を負ったと国を相手取って200万円の損害賠償請求訴訟を起こしています。こうした動きに対して、最高裁は最近になって写真はモノクロになど裁判員のショックを減らす方法を提言し、裁判所の中には写真でなくイラストで説明をと検察側に指示するところも出てきました。その一方で、犯罪のむごたらしさをソフトにすると、冷徹な判断ができにくくなる。つらいが、現実を正視すべきだという声も依然あるようです。さて、無作為の抽選だけに、いつ、あなたが裁判員になるか、わかりません。年末ジャンボ宝くじなら当たってほしいと誰しも願うでしょうが、裁判員に当たった場合も、何らかの形で社会の役に立つ仕事をしたいという気概で正面から向き合えるかどうか。文部科学省・統計数理研究所の「2013年日本人の国民性調査」では、自分や周囲の人が他人の役に立とうとしていると感じる人が45%いて、5年前より9%も増えたというのですが、さて。人を裁く、その重さがやはり胸に迫りますねえ。

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