お・も・て・な・し

食欲の秋を迎えて、改めて日本の食の多彩さ、豊かさに気づく人も多い。秋刀魚(サンマ)など海の幸、マツタケなど山の幸。折々の季節ごとに味わうものが異なり、その時期の旬のものをいただくという、移ろう自然と一体になる感覚が「和食」の基本です。新鮮な素材をそのまま生で食するだけでなく、焼いたり煮たり蒸したり揚げたり、はたまた発酵させたり干物にしたり和え物にしたり漬物にしたり……と多彩な料理法で、素材を一切無駄にせず「自然からの贈り物」をとことん利用するココロは、近年世界中に広まった「もったいない精神」と通じるものがあります。その「和食」が12月にユネスコの世界無形文化遺産に登録されることが決まったのも、そうした精神性を帯びた食文化が、資源・成長の限界が見えてきた21世紀の地球文明に不可欠だから、という認識が広く共有されたからに違いありません。

そんなグッドニュースがある半面、この秋は食をめぐるバッドニュースが日本列島を揺るがせました。まず主食のコメでは、中国・アメリカ米を国産米と偽ったり、加工用の安価なコメを主食用米として売った米穀販売会社が、過去最大の違反として摘発されました。稚魚の払底で値段高騰が話題となったウナギでは、中国・台湾産を名産地の静岡・愛知県産と偽って出荷した業者が案の定、出現しました。さらに追い打ちをかけるように、有名ホテルでのメニュー偽装が相次ぎました。阪急阪神ホテルズが運営する8つのホテルのレストランなど23店では、例えば芝エビとメニュー表示した料理に、実は値段が安いバナメイエビが使われていたり、レッドキャビアの代わりにトビウオの卵が使われたり……と、47種類もの“偽装”が長年行われていたことが判明しました。現場の認識不足や納入業者の言い分をそのまま鵜呑みにしていただけとホテル側は弁明。つまり悪意による偽装ではなく、不注意による誤表示だと強弁しましたが、後日偽装と受け取られても致し方ないと責任を認め、社長が辞任しました。この後も、いくつかのホテルで同じような偽装メニューが発覚して、偽装列島の様相を呈しています。

この背景には、ホテルをはじめ飲食業界を広く覆うコストダウンの圧力があります。この10年以上続いたデフレ経済の下、価格破壊のためのコストカットが至上命題とされ、激烈な業界競争も相まって、いいものをもっと安くでないと生き残れない、という不安が強く漂っていました。さらに、食材のブランド化が進み、ワンランク上の食材を求める消費者が増加したことも一因です。今回の偽装騒ぎでも、霧島ポーク、沖縄まーさん豚、九条ねぎ、津軽地鶏など特定産地を挙げて高額メニューにしていました。また、和食の伝統である旬の食べ物を珍重する食文化も、今回は悪いほうに作用したようです。客が求める旬の素材も、季節によっては安定した供給ができない場合があるのが常識です。でもメニュー通り出さないといけない、という焦燥・葛藤が偽装に向かわせた、という心理構造ではなかったか。でも私たち消費者にも一考の余地がないでしょうか。旬の食材にこだわり過ぎず、なければ今日はあるものでいいというくらい鷹揚に構える一方、いつもいつも美味で値段もいいブランド食材ばかり求めず、普通の食材もおいしいよと食の多様性を楽しむ余裕を示したらどうか。何事もほどほどにというココロも、日本人が長く抱いてきたDNAのはずです。ただ、ホテルや飲食店などサービスする側には言っておきたい。美味の料理も笑顔の応対も清潔な環境も確かに大切な要素だが、最良の「お・も・て・な・し」は看板に偽りなしであることを。

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