「夏のドラマは当たらない」がテレビ界の常識です。夏は開放的な気分になった大人や子供たちが、戸外で遊ぶ時間が増えて夜はあまりテレビなど見ないから、という理由とか。ところが今年は、久しぶりにドラマが家庭や職場で話題になっています。7~9月放送のTBS系連続ドラマ「半沢直樹」(日曜午後9時)が、7回目でついに視聴率30.0%を記録する人気ぶり。15%取れば合格。20%以上だと大ヒットといわれる昨今のドラマ事情からすると、この数字の重さがわかるでしょう。数字だけでなく、内容を見てもちょっと驚きです。人気ドラマの多くは、若い世代に向けた恋愛ドラマか、若い女性が支持する人気俳優が主演のものと相場が決まっていました。それが、このドラマは大手都市銀行を舞台にした、銀行員ドラマなのです。融資額がどうの、国税の査察がどうのと専門用語が飛び交う男たちの闘争劇で、恋愛の要素はほとんどありません。もちろん、主人公の半沢直樹役には女性に人気の俳優、堺雅人さんを起用してはいますが。
直木賞作家の池井戸潤さんの小説「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」を基にしたドラマです。支店長の指示で行った5億円の融資が回収不能になったその責任を部下の融資課長・半沢直樹に押し付ける「部下の手柄は上司のもの。上司の失敗は部下の責任」とばかりに理不尽な圧力がかかる、普通だったらここで屈して悔し涙を流しヤケ酒を飲んで、遠くに飛ばされて終わるのがサラリーマンの悲しい宿命でしょうが、半沢直樹は回収不能となった原因を自分の力で調べ上げて、支店長の不正を暴き、最後は傲岸だった支店長を土下座させる……というストーリー。まさに溜飲が下がるスカッとする展開です。半沢直樹が口にする「やられたらやり返す。倍返しだ!」も今や流行語。ドラマ作りの点からみると、とかく難しい銀行界の話を一人の男の復讐劇に単純化したのがよかった。正義と悪との対比をはっきりとさせ、主人公の怒りと苦渋、決意とリーダーシップ、反骨とリスク、逆境と逆転勝利をストレートに描き、映像も主人公の喜怒哀楽の顔アップを多用する男らしい演出が功を奏しました。
ただ、それだけではこれだけの社会現象は説明できません。現代社会の誰が、何が「倍返し!」に拍手を送ったのか。もしあなたが、自信をもってやった自分の仕事を上司が評価せず、逆に叱責された場合、どうするか。高度成長期からバブル期までは「課長はおかしい!」などと下から上を突き上げるのは珍しくなかった。学生運動を経験した1960年安保世代、70年前後の大学紛争時の団塊の世代がよく口にするセリフです。終身雇用で守られ、辞めても雇用の大きな受け皿があった、という時代背景があったから強気でいけたのかもしれません。それに比べると、バブル経済がはじけた後の90年以降は、リストラという名の下に、首切り、人員整理がたやすくなり、パート、派遣などの非正規従業員が勤労者全体の3人に1人となり、今や正社員ですら成果主義という細い綱渡りを強いられる厳しい雇用状況に変わっています。上司に食って掛かるなど、とてもとても。文句があっても黙って会社を辞めるか、恨みを内攻させていきなりナイフを突き付けるか、そんな事件が時々報道される世の中です。不平や批判など自己主張を、直接上司や年上の人にぶつけることが難しくなり、憤激が胸の中にたまっていく「閉塞の時代」。そんな時、半沢直樹が自分の代弁をしてくれてスカッとしたというサラリーマン、サラリーウーマンが、日曜夜にこの痛快ドラマを見て、明日からの仕事のエネルギーにしているのかもしれません。「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」と浮かれて歌えた昭和は遠くに去りました。おもろうてやがて哀しい痛快ドラマ「半沢直樹」人気の裏には、現代社会で働く人たちの歯ぎしりが聞こえ、働く場を持たない人たちの悲鳴がこだましている。そんな真夏の夜の悪夢が、熱帯夜でほうけた頭を、ちらとよぎりました。
ドラマは社会の鏡、なんですねえ。
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