3.11から2年

1万8600人以上の死者・行方不明者を出した東日本大震災から満2年。被災地の復興いまだし、という状況に加えて、福島第一原発の廃炉への見通しも不透明で、まだまだ不安な日々が続いています。悲惨な地震・津波被害と原発事故の恐怖を目の当たりにして、あのとき日本人の多くが、今までの生活のあり様はどこか間違っていたのではないかと感じたはずです。それが何か、どういう言葉で表現するかは、一人一人異なるかもしれませんが、大震災から3年目に入るに当たって、その思いをもう一度確認し、深化させることは意義あることと思います。私たちはこれからどう生きていったらいいのか、何を変えていくべきか。この時期に、心の奥をじっと見つめる時間を持ったらいかがでしょうか。

来年1~4月公演予定のオペラ「夕鶴」の製作発表が先日ありました。民話「鶴の恩返し」を基にした木下順二の原作を作曲家、團伊玖磨が美しい響きのオペラにした名作です。1952年の初演以来、国内だけでなく数多くの外国でも公演が行われています。ヒロイン・つう役は日本を代表するソプラノ、佐藤しのぶさんです。その佐藤さんがこう言いました。「あやしくなった経済をもう一度回復しないといけない、という流れが強くなっていますが、3.11以来、人々はそれを本当に望んでいるのでしょうか」と。鶴の化身、つうは傷ついた自分を助けた青年・与ひょうと結婚、美しい布を織ります。ところが高く売れるのに目を付けた強欲な男たちが金もうけに目がくらみ、もっと織れと要求し、与ひょうも巻き込まれ、つうの織る姿をついのぞき見してしまう。強欲の果てが悲劇と別れを招くという普遍的な真理が、永遠の愛との比較で描かれます。演出は歌舞伎役者の市川右近、舞台美術は画家の千住博、衣装は森英恵、指揮は現田茂夫と皆世界的に活躍しているスタッフです。異口同音に、「原作は東北の民話のようだが、あえて場所も時間も特定しない舞台にする」と、世界のどこの国の人々でも共感できる内容に昇華させるようです。3.11を経験した日本人から人類への発信といってもいいでしょう。物欲の果てない追求が何をもたらすのか、それを我々は本当に望んでいるのかと。

自然観の見直しも起きています。三陸の漁師さんたちが「海は恵みをもたらすけど、過酷な災厄が来ることもある」と言っていました。利益もあるがリスクもある。人間の力を超えた超越的な存在として海や山といった自然を感じる伝統です。自然のあちこちに超越者の「神」を感じ、神の怒りを鎮め恵みに感謝する祭りを続けてきたのも、今風にいえば自然との共生です。上野の東京国立博物館で開催中の「円空展」で見られる木彫りの仏像の多くは、「一つ一つの木のかけらにも仏(いのち)が宿っている」という円空の自然観の表現は、日本人の心の奥に今も宿っているものです。明治維新以来どっと流入した西洋流の自然は人間によってコントロールされるべきものという自然観と真っ向から反しています。戦後の日本人は欧米流自然観にとらわれて、もっと豊かに、もっと多く取ろうと自然のリスクと資源の限界に目を向けようとせずに生きてきました。3.11以来、南海トラフによる大地震・大津波の危険性と防災意識が多くの日本人の生活感覚によみがえってきたのはいいことです。いつ、どこでも地震は起きるという危機感を胸にしまいながら生きる感覚。自然への畏怖と敬意。有限な資源と無限の欲望。この微妙なバランスを考えながら現実生活の選択をしていくのが、3.11を経験した私たちの人間らしい生き方なのではないでしょうか。

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