最近、こんな光景を身近によく見かけませんか。車内で、ちょっと体が触れただけなのに、高齢男性が若者に突然大声でどなりちらす。歩道で、自転車と軽く接触した老人が、いきなり運転者の胸ぐらをつかんで殴りかかる。スーパーで、店員とささいなやり取りから激高する熟年女性。路地のある住宅街で、植木鉢の置き場所が気にいらないと、隣近所に文句を言って回るおじいさん。ケンカから傷害事件になるケースも多く、最後の例など80代男性が60代女性を殺害するという凶悪事件にまで発展しています。キレる高齢者、バイオレンス老人と呼ばれる現象が、実感だけでなく数字上でも裏付けされています。
2012年版「犯罪白書」によると、昨年1年間で65歳以上の高齢者による検挙件数は4万8637人で、全年齢層に占める割合は16%、ざっと6人に1人です。統計を取り始めた1986年以来最多とのこと。この20年間で6倍に増えており、青少年や中年などが横ばいなのに比べ、老人層だけが増加しているのも、本格的な高齢社会を目前にして、不安な影を落とします。傷害、暴行事案が激増しているのも暗い将来を思わせます。グラフを見ると、1998年から急激に増えて、とくに凶悪粗暴犯は2006年から急上昇カーブを描いています。その時期は、経済的には大型企業倒産から不況、生活不安、格差拡大、社会的には親子の縁だけでなく、職場や近所の人間関係が薄くなり、いわゆる無縁社会が叫ばれ始めた頃と一致します。
一昔前には、年をとると人間が丸くなると言われ、好々爺という言葉もありました。少し前まではキレるといった表現は若者の枕ことばでしたが、なぜ今、高齢者がブチ切れるのでしょうか。いくつか説があります。「以前は加齢に伴って攻撃・暴力的欲望を促すホルモンが減少したものだが、今は70代でも肉類を毎日のように食べる高齢者も少なくなく、ホルモン分泌も活発だから」というホルモン説。「1932年~42年生まれが今の70歳代。多感な思春期は戦争、戦後の苦しい時期。社会人となった後は家族のために猛烈に働き、高度経済成長を成し遂げたという誇りを胸に秘めてきた。ところが定年、引退した後、そういうプライドを満足させてくれる相手がいなくなり、年下の人間にバカにされるとブチ切れやすくなる」というストレス説。原因はいろいろだが、検挙者が増えた結果、刑務所に入った高齢者は昨年2028人と、これまた史上最多。さらに2度目以上の入所者は全体の7割を占める。つまり再犯が圧倒的に多いのが特徴です。スリで逮捕された80歳、72歳の姉妹は半世紀以上も“働く”大阪では有名な常習犯とか。こうした人生の半分以上を刑務所で暮らす高齢者が今後増えて、刑務所が高齢者でいっぱい、という暗い予想も出ています。男女雇用均等法ができた80年代後半から「キレる女性」=「仕事のできる女性」が続々と登場して、社会に明るさと活気を与えました。さて、高齢社会・人口減少・低成長の21世紀ニッポンで、「キレる人」=「暴力をふるう人」が増える、という暗い未来図だけはぜひ避けたいところですが。
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