母の日

「母の日」があるせいか、5月は他の月よりも母親という存在を身近に感じる季節です。折しも、映画「わが母の記」が全国の映画館で公開中です。美しい日本の自然が映し出されているのも相まって、しんみりと親子の絆を感じさせる味わい深い作品です。愛憎まじった親子関係の最後に、もっと深くて濃い情愛が流れるストーリ―に、あちこちの客席からすすり泣きの声が聞こえてくる映画館もあったようです。モントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリを受賞したほか、韓国・釜山、米シカゴ、ハワイ、インドなどで開催された映画祭でもさまざまな賞が与えられました。親子の情愛は国境を超えている証しでしょう。

この映画の原作は、昭和の文豪、井上靖(1907~1991年)が書いた自伝的小説「わが母の記~花の下・月の光・雪の面~」です。幼少期の何年か、親元から離されて曾祖父の愛人だった祖母に育てられたという生い立ちから、母に捨てられたという恨みを長く抱き続けたという。映画では、すでに有名作家になってからの日常が舞台となり、老境を迎えた母親は深夜徘徊や記憶混濁など認知症の振る舞いが目立ち始めている、といった場面が描かれています。この母を樹木希林さん、主人公の作家を役所広司さんが、存在感たっぷりに演じています。特に樹木希林さんの年老いた母親ぶりは、介護経験のある人には、こんなおばあちゃんがいたら大変だなあと、かなりの実在感にあふれています。でも実は、捨てたどころか、息子が考えていたよりももっと大きく深い愛情で包んでいたことが最晩年に判明する、という大団円には、心の深い所が揺さぶられ、グッとくるものがあります。

外国の映画賞を受賞したことに寄せて、役所広司さんは「どこの国でも母親に対する思いは同じ。母親と心が通じ合う喜びは、世界的に共通なものですから」と話しています。自ら脚本も書いた原田眞人監督は「母への憎しみがなければ井上靖さんも大作家になっていなかったかもしれない。私が好きな映画監督の小津安二郎、ベルイマンを見ても、母親との関係がすべて創造の根源にある。この映画で素晴らしい表現者であった井上さんの源に触れたかった」と永遠のテーマを語っています。さらに、映画の裏側にもう一つのドラマがありました。撮影が終了したのが昨年3月10日。その翌日、東京の編集室で作業中に、あの大震災が発生。「5分後にビルから逃げ出した。その後のニュースを見ながら毎日涙を流していた。3月10日で時が止まってくれていたらと思った。だから余計に、この映画を被災者に見てもらいたいと思います」と原田さんは現地での上映を計画しています。親と子にとどまらず、絆は伸びて広がりつつあります。

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