百不当のいちろう

胸がスカッとするクリーンヒット、間一髪セーフかアウトか息をのむ内野安打、いきなり驚かせる先頭打者ホームラン。アメリカのメジャーリーグ「シアトルマリナーズ」で活躍するイチロー選手は、一人のスーパースターであると同時に、世界に誇るべき一人の日本人です。豪速球投手ひしめく大リーグの投手たちを相手に、10年連続年間200本安打を続け、今シーズン、11年連続の大リーグ新記録に挑んだものの、残念ながら184本に終わりました。

「10月で38歳になる。選手としてのピークは過ぎた」「目と膝の衰えが見られる」など、スポーツ専門家は分析します。安打製造機、天才バッターと称揚されてきたので、いつしか見る方もイチローがヒットを打つのは当たり前と思い込んでいなかったか。ヒットは打席に入ったからといって必ず打てるものではありません。そこには一人一人の工夫・研究・努力が欠かせません。ましてや超一流選手となれば、打撃技術だけでなく、打席に向かう心構え、いや打つということ自体への思いがなければ、好成績は続かないでしょう。いわゆる精神性、メンタリティーをどう高めるか。野球のみならず、多くのスポーツ選手が直面する心の領域です。

それを「悟り」という言葉に置き換えると、分かりやすいかもしれません。日本に禅宗を紹介した曹洞宗開祖、道元禅師が「正法眼蔵」の中で「百不当のいちろう」という面白い言葉を使っているのに出合いました。「仏の道の修行は、難行苦行を何回してもなかなか悟りの境地に至らない。でも優れた指導者に会い立派な教えに従ううちに、突然のように当たり、悟ることができる。それは百回の不当という積み重ねがあったればこそ。その努力の堆積が一つの当たり、悟りとして老熟したに過ぎない。まさに百不当の一老である」というのが大意です。もうお分かりですね。超人のように思えたイチロー選手も「百不当」を経験してきたからこそ、偉大な記録を打ち立ててきたのだと。連続記録がストップというニュースをマイナスにとらえるより、日々の努力・苦闘がより身近に感じられて、今まで以上に人間的な魅力を感じる、そんなとらえ方がイチロー選手にはふさわしいのではないでしょうか。

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