世界自然遺産

地球という星が誕生して以来46億年という悠久の時間からすれば、わずか200万年前といったら、つい最近の出来事かもしれません。ユーラシア大陸から切り離されて太平洋に浮かぶようになった島々では、生き物たちがその後、独自の進化を遂げながら21世紀の今を迎えています。弓状に伸びる日本列島の南、九州から台湾の間に連なる琉球列島の一部は、世界でも数少ない亜熱帯照葉樹林が残り、この地域だけに残る固有種75種と、絶滅危惧種95種が生息しています。その奄美大島、徳之島、沖縄本島北部及び西表島が7月、ユネスコの世界自然遺産への登録が決まりました。日本国内の世界自然遺産は1993年に登録された屋久島(鹿児島県)、白神山地(青森、秋田県)、知床(北海道)、小笠原諸島(東京都)に次いで5件目。これが日本では最後の自然遺産登録かと言われていますが、まずはうれしいニュースです。

アマミノクロウサギ(奄美大島・徳之島)、ヤンバルクイナやノグチゲラ(沖縄県国頭村)といった固有種や多様性のある生物を保存する、その重要性が評価されての登録ですが、すんなりと決まった訳ではありません。とくに沖縄本島北部のやんばるの森は、戦後長らく米軍の対テロ野戦訓練場として使われており、5年前に一部が返還されたものの、軍事演習の弾薬やプラスチック廃棄物があちこちに残されたままの状態。生態系の回復が大きな課題ですが、日本人研究者ですら入れなかった未踏の森には、今後の調査で希少生物が発見される楽しみがふくらみます。ただ、固有種・絶滅危惧種保護といってもそう簡単なものではないことを歴史が証明しています。例えば、奄美大島には猛毒の蛇ハブが生息している。そこで天敵の外来種、マングースを放った。ところがマングースはアマミノクロウサギも襲うようになり、人間は今度はマングースを極力除去しました。ところが、もう一つ難題が持ち上がり、現地ではハブ被害を減らそうと長年、猫を放し飼いにしていたが、それが野生化してノネコとなり、これがクロウサギを餌にし始める・・・という連鎖が生じていました。人間の知恵と計算とは異なる生き物の世界があるのです。

もう一つの難題は人間側にあります。世界遺産が決まると、多くの人が現地を訪ねたいと、どっと押しかける現象が各地で見受けられます。観光客が来ること自体は地元にとってプラスもありますが、実際に生じているのはオーバーツーリズムの問題です。日本での第一号登録となった屋久島では、縄文杉を見ようと観光客が殺到し、登山道が荒れトイレ不足が問題になったほか、客足が夏季に集中、縄文杉しか見ないツアーが大半で、島の多様な魅力を楽しむリピーターが減少するなど、地元経済が混乱する時期がしばらく続きました。イリオモテヤマネコのいる西表島(沖縄県竹富町)では今回の登録を機に観光客の上限を一日1230人に制限する案が出ていますが、これが適正規模なのかどうか、結論は出ていません。世界屈指の観光地で世界文化遺産のイタリア・ベネチアでは、オーバーツーリズムのため世界遺産登録が取り消される危機に見舞われたため、大型クルーズ船の寄港を制限する決定をしました。行きたい、見たいという人間の欲望をどうコントロールするのがベストなのか、人間の英知も試されているのでしょう。世界遺産は私たちに46億年にわたる現実を突きつけて、さて皆さん、これからどうしますかという宿題を人類に出している先生のような気がします。

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