富士山に登山鉄道

コロナ禍で旅行もままならず、おうち時間が長いと、季節感が薄くなりませんか。衣替えの6月は夏への入り口、季節の移ろいを肌で感じる時です。例年6月30日には各地で山開きが催され、自然の中で自分を解放する絶好の機会が目の前です。特に日本一のお山、富士山には多くの人が集まります。解放的な季節の到来に何かワクワクするものを感じる人がいるせいか、山開きは夏の季語になっており、昔から数々の俳句に詠まれています。青空を広げし富士の山開き(吉澤利治)、山開き富士も正座を解きにけり(千田百里)、富士山頂雪七尺の山開(山口まつを)、見るだけで心足る富士山開(米澤江都子)・・・。最近は先頭に女並びて山開き(渡辺智佳)という光景が目につくようですが。

さて、この富士山に今、鉄道を敷こうという計画が持ち上がっています。北側の麓、山梨県富士吉田市から五合目(標高2305㍍)までを結ぶ24・1㌔㍍の有料道路「富士スバルライン」上に線路を敷いて、次世代型路面電車(LRT)を走らせる構想が具体化しています。2013年に世界文化遺産に登録されてから、国内だけでなく海外からの登山客も増えて、19年には五合目来訪者は506万人と登録前の2倍以上になりました。テレビの映像では芋の子を洗うような、満員電車状態といった混雑ぶりです。このままでは環境の破壊、観光地としての魅力低減につながるという危機感を持った地元・山梨県が、19年に初当選した長崎幸太郎知事の旗振りで富士山登山鉄道構想検討会をつくり、今も話し合いを進めているところです。中核にあるのは観光の高付加価値化のようで、7月と8月に集中する観光客を四季に分散できる、1人あたりの消費単価を上げて長期滞在者も増やせる、などの皮算用があります。一方で反対論も上がっています。そもそも世界文化遺産として登録された理由が古くからの信仰の場だから。浄土思想や密教の影響で霊峰とされ、江戸時代以来、心身を清めて罪やけがれを落とす修行を集団で行う富士講が関東一円に広がった歴史があります。その聖なる場を観光という俗で消し去らないでほしい、という願いでしょうか。

観光地の登山鉄道と言えばスイスが有名で、とくにアイガー北壁やアレッチ氷河を見ながら4000㍍級のスイスアルプスの絶景が楽しめるユングフラウ鉄道は、旅好きの人々のあこがれのコースです。だから、富士山に登山鉄道があってもいいのでは、という声が出るのも無理からぬところで、実際、60年代から何度か計画が発表されました。とくに63年には、地元の鉄道会社・富士急が五合目から山頂までトンネルを掘ってケーブルカーを通すという土木建設工事の申請を行うというところまでいきましたが、環境破壊への懸念から11年後に撤退した歴史があります。現在の構想案には、鉄道でなくても、電気バスなどの新技術を利用すれば環境負荷を減らせる、地元の観光産業の意向を十分汲む必要がある、富士山は山梨県と静岡県だけのものではないなど、さまざまな声があるようです。今の検討会にはいつまでに結論をという期限設定が明記されていないようで、山登りと同様、多くの人が納得するいい結論に向かって一歩一歩近づいていってほしいですね。昨年はコロナ禍で登山道が閉鎖されましたが、富士山という自然と一体感が持てる日が一日も早く来ますようにと、遙か遠くの地から両手を合わせて祈る日々です。

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