ここ数年サッカーやテニスに押され気味だったプロ野球が、開幕前から久しぶりに盛り上がりを見せています。その震源地は広島東洋カープの黒田博樹投手(40歳)です。昨年まで米メジャーリーグで7年連続活躍して通算79勝を挙げ、人気チーム、ニューヨーク・ヤンキースのエースとして安定したピッチングを見せていました。今季ヤンキースから20億円の契約金の提示を受けながら、それを断り、たった?4億円(推定)の年俸の古巣のカープに戻る決断をしたのです。カネよりも恩返し!その心意気を「男気」ととらえたファンが歓喜しただけでなく、どっしり沈着冷静な姿にマスメディアも「サムライ」と持ち上げます。広島市内を歩くと、カープのシンボルカラーの赤色で街中が染まり、「今年こそ24年ぶりの優勝を!」と熱い春を迎えています。
テニスの錦織圭選手やサッカーの本田圭佑選手のように、世界で活躍するスポーツマンについて、秀でた技術や努力の軌跡を専門ライターが詳細にリポートしています。隠れた苦労や非凡な継続性に光が当てられますが、多くはその競技のテクニカルなものです。黒田投手についても専門的な投球技術の解説はあります。例えば、大阪・上宮高から1996年ドラフト2位で広島カープに入団し、日本を代表する豪速球投手として活躍した後、米メジャーリーグに渡ったものの、自慢の速球が簡単に打たれてしまう。パワーが格段に違うのですね。メジャーではおれの速球は通用しないのかという現実にぶち当たったとき、黒田投手はどうしたか。技術的には、2本の指をボールの縫い目にかけて投げるツーシームという変化球を覚えて、新たな武器にしました。それが5年連続2ケタ勝利の偉業に繋がりましたが、豪速球投手というプライドは捨てざるを得ませんでした。この時の黒田投手が含蓄のある言葉を吐いています。それまでの小さな自分を潔く捨てることが大事だと。
人間誰しも、大なり小なりプライドを持って生きています。ところが、長く生きれば生きるほど、それが凝り固まって甲羅のように唯我独尊と化し、自分が正しく他人が間違っていると考えがちになります。凡人の悲しさです。確かに小さな自分を潔く捨てるのは非常に難しい。でも、これが自分に謙虚になり、自分の心を開き、他人の言葉を素直に聞き、もっと大きな自分に脱皮するための魔法の言葉なのかもしれません。野球のことを語りながら、その言葉は生き方にも通じる広がりと深さを持っている。ヤンキースの同僚だったジーター選手が彼を尊敬しているよというように、才能だけでなく人間性への賛辞も多くの人から浴びています。今の若い人にとっては、将来こういう大人になりたいという生き方モデルがなかなか身近にない時代、黒田投手のようなスポーツ選手の生き方やメッセージから多くを学ぶことができるようになりました。メディアは「恩返し」「男気」とやや浪花節的な感情を増幅させていますが、親からも先生からも教えてもらえない人間の生き方を、若者たちは黒田投手からきっと学んでいるに違いない。3月29日の初登板、7回無失点で1勝目を挙げたときのグラブには「感謝」の二文字が刻まれていたという。今季は登板するごとに、目が、耳が離せそうにありません。勝っても負けても、黒田投手が語る言葉に注目しましょう。投手力とともに、人間力も大きな魅力があるからです。
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