ハンコ文化

新型コロナウイルス感染蔓延によってこれまでの社会のあり方の根本が揺るがされる事態を迎えた今、長く続 けてきたことも、ここで変えなくてはいけないのではないかという思いに駆られる人が大半でしょう。その一つが、ハンコ問題です。多くの企業が社員は出社せずに自宅などで仕事をするテレワークを採用する中で、書類にハンコを押さねばならないのでという理由の押印出社が結構多かったようです。 「え、このデジタル時代に、まだハンコが必要なの」という声が湧き上がる一方、1000年以上続く日本伝統の印鑑文化はそう簡単には廃れないという声も根強くあります。たかがハンコされどハンコ。さて文化大革命なるか。



行政サービスのIT化が、欧米諸国のみならず中国・韓国・台湾など近隣アジア諸国にも遅れをとっている我が国。ハンコ一つ足りないだけで、欲しい書類がお役所でもらえない憂き目に遭う日々が長く続き、面倒、非効率、コスト高の象徴として印鑑文化がやり玉に挙げられてきました。ビジネスの世界でもそう。契約書や請求書なども ハンコがなくては無効になるという商習慣が明治以来確立されてきました。でも、このグローバル経済時代に、他国に印鑑を求めることはできず、サイン主流の世界のルールに合わせざるを得なくなりました。2001年電子署名法が成立し脱ハンコの一歩を踏みだし、2018年には政府がデジタルガバメント実行計画を発表。行政手続きを原則デジ タル化するとしたデジタル手続法(通称デジタルファースト法)が2019年に施行され、ハンコレス社会に向けて前進。ところが、これに待ったを掛けたのがハンコ業界でした。国内9000業者、小売店など10500店、市場規模年間1700億円を占める全国印象業協会などハンコ3団体が政府に要望書を出して、法人設立には印鑑の届け出が必要という聖域を守ることに成功。その結果、コロナ禍でも押印書類が会社に積み上がり、誰かが出社してハンコを押すという必要が生じたわけです。

古代メソポタミア文明を起源とする印鑑文化。中世、近代と世界中に広まりましたが、今もしっかり根を張っているのは日本のみです。その日本で、今やハンコ無しでも銀行通帳は作れるし、全国の自治体ではオンラインによる印鑑無しでのサービスが急速に増えつつあります。では、このままハンコレス社会に一直線に移行するのか。実は 「脱ハンコ」のかけ声は戦後何度もあったものの、ハンコは消えませんでした。大企業なら転換は容易だけど、日本の企業全体の99・7%を占める中小企業では、人員やコストの面でそう簡単に切り替えられないという事情があったからです。しかし、今のパソコン、スマホの普及率からすると、今回は一気に進むかもしれません。といって、印鑑、ハンコの価値が下がるものではありません。アイデンティーを示す工芸品として生き残る道もあります。入学、就職、結婚・離婚、誕生入籍あるいは住宅ローンなど人生の節目々で、力を込めてハンコを押した時の重い覚悟が感慨深く思い出される人もいるでしょう。ハンコは自分史の軌跡、なのかもしれません。

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