熱中症で倒れた人が最多を記録した今年の猛暑。それとは逆に、心が寒くなるような事件・事故が相次ぎました。とくに8月半ば、大阪府寝屋川市の中学1年生の男女2人が相次いで遺体で見つかった事件は、連日の報道で多くの人が強い関心を持ちました。仲良しの2人が深夜商店街のアーケードを歩き回る映像が繰り返しテレビに流され、こんなかわいい子がと、子を持つ親たちは犯人への怒りをたぎらせました。数日後に45歳の男が死体遺棄罪で逮捕されましたが、そのきっかけが防犯カメラの映像でした。生前の2人の最後の姿を映しだしたのも防犯カメラ。現代社会は人の目以上に機械の目が私たちを監視し続けている、という環境に気づかされます。少々寒い現実です。
一日街を歩くと知らぬ間に300回も撮影されている。設置台数400万以上という「世界一の監視カメラ大国」イギリス。その首都ロンドン市内をぶらぶら歩いているだけで、あちこちの監視カメラであなたの姿が映されている。爆弾テロによる無差別殺傷事件が起きたことへの対応として、公共空間に網の目のように監視カメラを取り付けた結果です。そして今、犯罪予防と犯人検挙のためという理由で、世界の多くの国で監視カメラが急増しています。もちろん日本でも。今や300万台を超えているそうです。警視庁が2002年、新宿・歌舞伎町に50台のカメラを設置したことが大きなニュースになってから、日本でも認知と需要が進み、警察や役所だけでなく、民間企業や個人住宅でも設置が増えました。水と安全はカネで買う時代に入ったのを実感します。光学技術先進国のわが国のこと、カメラ性能の向上、映像の処理・記録・伝送システムの進化と相まって、解析度が飛躍的に高まっています。今回の検挙も、商店街の防犯カメラの隅っこに小さく映っていた容疑者の車が端緒とか。近いうちに数千万枚の画像から特定の人物を瞬時に検索できる時代が来るといわれます。顔認証技術やGPSなどを組み合わせれば、24時間、いや365日、あなたの行動はすべて、ある人によって把握されている可能性が出てきたということです。
もちろん、プライバシーの侵害だ、肖像権を侵しているという非難の声は以前から上がっていますが、今回の事件を受けて、犯人が捕まるなら、どんどん増やしても構わないじゃないかという感情が無条件に広まるのも心配です。というのも、こんな暗い未来図があるからです。イギリス人作家、ジョージ・オーウェルが書いた小説「1984年」には、屋外屋内を問わず、社会のあちこちに監視カメラが目を光らせて、国の指導者「ビック・ブラザー」とその党の教えと異なることを言ったり書いたりした者は密かに排除・抹殺される、という社会が描かれています。発表した1949年当時のスターリン統治下のソ連社会をモデルにしたといわれ、権力者を批判する者は許さない全体主義国家の恐怖を、日常生活者の目で訴えた20世紀の名作です。思想・言論・表現の自由を保障した憲法に守られて、私たちの戦後社会は多様な考えの存在を認めてきたはずですが、さて昨今、何やら言いたいことが言えないような空気が漂い始めていないかどうか。フェイスブック、ツイッター、ラインなどSNSが身近になったネット社会でも、ある人物に批判的な意見を書き込んだら、その何万倍もの抗議や嫌がらせが殺到して炎上という事態が珍しくなくなりました。現実社会の監視カメラと同じように、ネット社会でも監視の目が何百万、何千万も光っていて、自分と違う異分子が見つかると、匿名で抹殺する。自由な社会というのは、そういう負の部分も許容しながら存在していくものなのか。「1984年」ほどではないにしろ、ちょっとうっとうしい気分の2015年夏です。
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