宇宙からの贈り物

4月は人類の宇宙探検にとって記念すべき月です。1961年4月12日に打ち上げられたソ連のボストーク 1号に乗ったガガーリン飛行士が「地球は青かった」という名文句を残して、人類史上初の有人宇宙飛行を成功させたからです。56年たった今、宇宙飛行を体験した人はなんと世界38カ国1241人に達しました。この中に日本人も11人含まれています。 国際宇宙ステーション(ISS)で115日間の宇宙滞在を果たして昨年10月30日に地球に帰還した11人目が、大西卓哉宇宙飛行士(41)です。その大西さんが「今、宇宙開発は正念場を迎えている」と気になる発言をしています。どういうことでしょうか。

「今や宇宙から撮った写真や映像を見て『地球はなんてきれいな星なんだ』と感動するだけの時代ではない。宇宙に行くことだけが目的でなく、そこでどんな実験をして、人類にどういう貢献ができるのかが問われる時代になっていると思います」と大西さんは言います。夢だロマンだと喜んでいた時代は終わりを告げ、巨額な投資資金に見合う成果を出すべき時期に来ているという危機意識の表明でもあります。日本政府の宇宙開発技術の中核拠点であるJAXA(ジャクサ・宇宙航空研究開発機構)では年間400億円の予算をかけており、これまでに注ぎ込んだのは約9000億円。大西さんが主なミッションとしたのは日本の実験棟「きぼう」内で健康医学・創薬など生命科学に関する基礎データを得ることでした。宇宙船内での無重力状態で地上より早く進む加齢現象がどういうメカニズムで起きるのかを解明すれば、逆に予防のヒントがつかめるかもしれない。日本が得意とするのは高品質のタンパク質結晶が得られるという研究で、これは創薬のスピードアップにつながります。新素材の開発、超高精度エンジンの開発なども視野に入っているそうです。

「地球に帰還してしばらく、車に乗ろうと体をかがめたところ、うまく乗れませんでした。以前、私の祖父母がやはり車にスムーズに乗るのに苦労していたことを思い出し、私の脚も宇宙滞在で加齢が進んでいたんだなと気が付きました」と大西さんは苦笑します。今回のISS長期滞在は、マウスでの実験を通して骨粗しょう症がどういうメカニズムで進むのか、それがわかれば地球上でも予防が可能になる、さらに人体の“若返り”も可能になるかもしれない…という夢への挑戦でもありました。その大西さんの仕事ぶりの中で感心したことがあります。失敗をすべて地上の管制官に報告していた、言わなければわからないような些細なミスまでも報告したという事実です。前の大戦の作戦の失敗や、大事故や大災害の救援・復旧時の指示ミスなど「失敗の研究」に関する書物が今、たくさん出版されています。多くの人は、自分のミスは損失・賠償につながり、組織内の評価・昇進にマイナスになると恐れて隠したがるもの。その隠蔽が新たな重大な災いを引き起こすという悪循環をもたらすことは歴史が証明しています。全日空のパイロットだった大西さんは、チームでの訓練中、自分のチームが失敗したら必ず別のチームにもその失敗を伝えるように徹底的に叩き込まれたそうです。「失敗の共有が失敗を減らします。僕にとっては当たり前のことです」とさらりと言う。宇宙開発の研究から新薬がもたらされるのはうれしいことですが、こういう考え方、メンタリティーが日本人の心の中に流れ込むのも大切なことに思えてなりません。受験勉強のように個人が合格すればハッピーという小さな我欲がひしめく社会から、失敗を共有することによって日本人が、いやもっと広く人類というチームが勝つことを目標に生きる、そんな心の広い日本人が生まれてくる。そんな心に効く妙薬の誕生も、宇宙開発の果実にぜひ加えたいですね。

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