この孤独と苦難の時代に、安らぎと社会的なつながりを提供している、と多くの人が称賛すると米紙ニューヨークタイムズが注目すれば、有力経済紙ウォールストリートジャーナルも隔離生活の癒やしと存在意義を評価する。その正体は?というと、任天堂ゲーム機スイッチ用のソフト「あつまれ どうぶつの森」でした。3月20日に世界同時発売されたところ、3日間で188万枚、10日で260万枚(実物)とこれまでの最高売り上げだったポケモンを上回る爆発的ヒットを記録。アメリカでも販売数トップとなり、日本品不買運動が続く韓国でもわずか70セットの発売に対して3000人を超える行列ができる熱狂ぶりが報じられました。品薄となった日本では予約販売となり、その抽選会にも多数が殺到して中止になるところが出る騒ぎです。
たかが一つのゲーム機にそんなに騒がなくても、と感じる人がいるかもしれませんが、2020年の冬から春という特別な時期を考えれば、この存在の歴史的な意味が深く理解されるでしょう。ゲームそのものは「何もないから、なんでもできる」というキャッチフレーズが示すように、ゲームをする人が無人島を舞台に暮らしをゼロから始めて、DIYで家を建てたり道路を造ったりと、自分でできることを少しずつ増やしていく独自の手作りライフを楽しむという一種の育成シミュレーションゲームです。海や川で魚を釣ったり森で虫を捕まえたり、草を抜いたり花に水をやったり、個性豊かな島の動物たちや他の島の住人たちと交流したりと、自分の思い次第でいかようにも日々の暮らしをクリエイトできます。格闘ゲームのような暴力的な敵は出てきませんし、ゆったり・まったり・のんびりといった空気と時間の中に浸れるので、癒やし効果のあるゲームとして引っ張りだこになっています。好きな場所に行ける、会いたい人に会える、作りたいモノが作れる。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行で、都市封鎖・自宅待機という日々が続く国々が多い現在、こうした当たり前の日常が失われています。せめてゲームの中でそんな普通のことができればいいな。しばしつらい現実を忘れたいという切実な気持ちの人が多い証なのでしょう。
まだ先行きが見えない今回のコロナ禍。あっという間に地球上に蔓延したことから、グローバル世界のあり方が議論され始めています。ヒト・モノ・カネ・情報が瞬時に世界中に行き渡る今の政治・経済体制。「あつまれ どうぶつの森」を発表した任天堂の古川俊太郎社長は、任天堂のゲームはグローバリズムの波に逆らってきましたと意外な発言をしています。タヌキが土地開発したりイカが縄張り争いするといった「あつまれ どうぶつの森」ワールドは、グローバルゲームづくりの基準から外れているけれど、結果的に世界中のユーザーから支持された。そこから世界は一つのグローバリズムより、一つ一つの国が独立しつつ互いに付き合っていくインターナショナルな大人の関係を築いていく。コロナ後の未来は、そのような形であってほしい――古川社長の期待と希望が発信されています。何がどう変わるか、まだ全体像は見えてきませんが、終息したら元の社会そのものに戻ると考える人は少ないでしょう。何を一番大切に思うかの価値観、男女・親子・仕事の在り方、政治・経済の構造など、人類社会の大転換が起きつつある。そんな予感に震えが来そうです。新しく来る社会では、素晴らしい動物・人間たちとどんな関係を結びたいのか。ゲームをしながら、こうあってほしいと理想の社会を手作りするのは、自分の将来と人類の未来を真剣に考える創造的な息抜きでしょう。
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